セドナ・メソッドを31日間やってみる。

日々の生活のなかで、雑念が出てきたら「雑念」と言って、「今」に戻ってくる。この習慣は続けている。

出てきた雑念のなかで、手放すべき感情をともなうもの(特に、過去の根深いもの)。 そういうタイプの雑念に関しては、セドナ・メソッドで、感情の手放しをやっていこうと思う。31日間。

Day1 Day2 Day3 Day4 Day5 Day6 Day7 Day8 Day9 Day10 Day11 Day12 Day13 Day14 Day15 Day16 Day17 Day18 Day19 Day20 Day21 Day22 Day23 Day24 Day25 Day26 Day27 Day28 Day29 Day30 Day31

参考著書:新版 人生を変える一番シンプルな方法 ― セドナメソッド ―
著者:ヘイル・ドゥオスキン
監修:安藤 理
出版社:主婦の友社
訳者:乾 真由美

2022-08-23

Day 1

また出てきた。おなじみのやつ。ここまで来ると、もう、「あ、また出てきたんだね」って声をかけそうになる。

それ(声をかけること)が、いいことなのかどうかは、今の自分には、まだ分らない。

今この瞬間、感じているのは「怒り」と「憎しみ」

今、ふと思った。「にくしみ」って、「肉しみ」って書いてみるとしたら。 身体のなかの、肉や骨の深いところまで、しみこんでいるような感情。とイメージすることもできるかも。

頭で考えるのは、やめる。 「怒り」と「憎しみ」という感情を感じることを受け入れる。

過去にあったこと、それが起こったことを受け入れる。 いつだったか忘れたが、「過去の出来事を、起こったこととして、事実として受け入れること」って大切だな〜って気づいた瞬間があった。

どういうことかというと...。 自分のなかで「あんなことは、起こるべきではなかった」 「あの人の言動は、まちがっている、ありえない」そういう気持ちも手放していく必要があるんだな〜って。

セドナ・メソッドでは、感情を9つのタイプに分けていて、 本には、1つ1つのタイプに、さらに色んな感情の名前がリストアップされている。

「あんなことは、起こるべきではなかった」は、どのタイプかな? 「渇望」のなかに、「結果をコントロールしたいという思い」というのがあるけど、これかな?

過去のことは、もう起こってしまって、終わったことなのに、自分のなかでは終わってない。 「あんなことが起こらなかった、もう1つの過去を渇望している」そういう感じなのかも。

これも、まずは「あんなことは、起こるべきではなかった」という、自分のありのままの気持ちを感じる。 そのように感じている自分を受け入れる。けっして責めたりしない。

そして、「その感情を手放せる?」「その感情を手放してみる?」などと自問自答をしていき、 自分のペースで、手放していく。


2022-08-24

Day 2

今日出てきたのは「嫉妬」

「自分が嫉妬している」ってこと自体、 ふつう、一般的に、誰もが、あまり認めたくないことのような気がする。

嫉妬している、嫉妬していた、という、その事実を、自分自身が認めて、受け入れる。 嫉妬という、ドロッとした感情を、受けとめて、感じてみる。深呼吸をしながら、ゆっくりと。 今、この文章を書きながら、実際にやっているけど、めっちゃキツい。

でも、ここを通過していくことで、次のステップ、 嫉妬という感情を手放していけるステップに進んでいけるのかな〜って感じた。

なんか、一見矛盾しているのかもしれないけど、 嫉妬から自由になるためには、思いっきり嫉妬を感じきる。 ほかの感情にも言えることだけど、そういうプロセスが必要なのかな〜って。

目の前の炎を恐がって、いつまでも、その周辺にいるだけでは、逆に苦しみが長引くだけなのかも。 ジリジリとした暑さや、余計な火傷を負うことにもなるかもしれない。

それより、思いきって炎のなかに飛びこんでみる。 そうしたら、炎への恐怖から解放され、不死鳥になって生まれ変わる。 そういうことは、今まで、歴史上、多くの人が体験してきたことなのかも。

炎の周りを、いつまでも、うろうろしているのは、 感情に飲み込まれて、いつまでも囚われている感じなのかも。

思いきって炎のなかに飛び込む。感情を感じきる。 そうしたら、古いものを脱ぎ去り、もっと軽やかに、歩いていけるはず。


2022-08-25

Day 3

ちょっとしたパニックを感じた。 久しぶりに容量オーバーというか、いっぱいいっぱいな心境になった。

でも、容量オーバーになったときこそ、自分の器をさらに大きくしていけるチャンス! そういうふうな解釈や視点に切りかえていけると、いいな...。

「あわわわわ〜」となっていた時間もあったが、 以前よりも早く気持ちを切りかえて、目の前のトラブルに対処していけるようになった。

「あわてる気持ち」も、少し立ち止まって、高い視点から見つめて、 深呼吸して、手放して、ゆっくりと「今」に戻ってくる。

次の「パニックのもと」が、また来るかもしれない。 いや、きっと来るだろう。でも、大丈夫。 今までも、超えて、来た。だから、これからも、大丈夫。


2022-08-26

Day 4

セドナ・メソッドの本で、紹介されていた1つの話。 何かのスポーツの試合を観戦しているとき、自分の応援しているチームが勝ってほしい。 そう思う気持ちを手放す。みたいな。

この話は、「渇望」というタイプの感情の1つとして紹介されていた。 「結果をコントロールしたいという思い」であると。

今、自分も、1つの結果を待っている。 「こうであってほしい」という気持ちはあるが、やっぱり、とらわれていたくない。

まずは「こういう結果が出てほしい」という思いがあることを受け入れる。 そう思っている自分を、俯瞰して、眺めてみる。 急がなくていい、必要なだけ、時間をかけよう。 ゆっくりと、深呼吸を、くりかえす。

心の準備ができたら、手放していこう。 今日は、胸のあたりで、グーっと閉じていた両手を、外に向かって、上に向かって広げていく動作もしてみた。


2022-08-27

Day 5

ちょっと、久しぶりに、かなり、キツい。

でも、ひと呼吸置いて、我に返ってみると、 「セドナ・メソッドを実践している今だからこそ、逆に、とても良い経験になるのではないか?」と。

まずは、深呼吸。

今感じている感情は、何だろう? いろんな感情が混じって、ものすごく混乱しているような気がする。

まずは、急かされているような「あせり」

あせっている感情に、ふりまわされるのではなく、 ゆっくりと深呼吸しながら、ただ、その感情を迎え入れ、その存在を認める、見つめてみる。

今、自分のなかで、バタバタと走りまわっている「何か」を感じる。 「どうしよう」「もうダメだ〜」「あ〜」などと、次から次へと弱音を吐いている。

そんな、どうしようもない自分の一部も認めてあげよう。 「大丈夫だよ」「少し、落ちつこう」 「そんなに急がなくても大丈夫」「今の心を少し整えてからやれば大丈夫だから」と。 自分で自分に声をかける。

さっき起こった出来事が思い出される。 また、いろんな感情が溢れ出し、パニックになりそうになる。

もう一度、深い呼吸をする。
少し気持ちを落ちつかせて、やるべきことに取りかかる。

***

上は、お昼ごろに書いた文章。

今は夕方。 だいぶ落ちついた。 今の自分、今日の自分にできる、精一杯をやったという感覚がある。

太陽が沈んでいく。「今日」という日も、ゆっくりと終わっていく。 余計な感情を明日に持ち越さないように、セドナ・メソッドで、1つ1つ手放して、行こう...。


2022-08-28

Day 6

昨日ほどではないけど、また、ちょっとした打撃を受ける。

アドラー心理学の「勇気をくじく」という表現を思い出した。 人の、悪意が混ざっている大小さまざまな言動に、ときに心が折れそうになる。

でも、こういう時こそ、竹のような、しなやかな強さを身につけていきたいと思う。 風が吹けば、ゆれるけど、折れない。みたいな。

勇気がくじかれ、自信を失いそうになるようなときでも、...。

とりあえず、今感じているのは不安や恐怖。
まずは、深呼吸して、落ちつこう。

ちょっと大げさかもしれないけど、久しぶりに「戦場」にやってきたみたいな感覚がある。 自分は、戦う気はないのに、相手がしかけた落とし穴にハマって、びっくり。みたいな。

とりあえず、攻撃はしないけど、自分も武装する必要がある。無防備でいては、危ない。

「繊細すぎるから、もっと強くならなきゃ」って言われたこともあるけど、 自分が(おそらく)HSPだということを知ってから、だいぶ楽になった。 「HSP」という言葉を知って、だいぶ楽になった。とも言える。

HSPじゃない人(5人に4人)のように「強く」なろうとしなくてもいいんだ、って。 HSPには、HSPなりの強さがあるんだ、って。

セドナ・メソッドを身につけることも、 HSPとしての強さを育てていくための1つの方法なのかもって、今ふと思った。


2022-08-29

Day 7

ああ...、「戦わずして勝つ」って、こういうことなのかな...? って、ちょっぴり感じるような出来事があった。

少し、泣きそうである。

...

セドナ・メソッドとか深呼吸とか瞑想とか、 今まで学んで身につけてきた、すべてを総動員して、乗りこえてきた。という感覚がある。 それが、なければ、「戦って負けていた」かもしれない。そんな気がする。

ああ、これも、生きているうちに、この世界でしか体験できない、 ほろ苦くも美しい、Bittersweetな体験の1つなのかも。

関連記事:
なつかしい やさしい かなしみ

まだ終わったわけではない。 でも、とりあえず、今日1日は終わっていく。 ゆっくり眠って、また、明日...。


2022-08-30

Day 8

わーーー、とりあえず、ひと区切り...。 まだまだ気を引きしめていかないといけないような場面が、 これからもあるけど、とりあえず、つかのまの休息。

今は、「ああ、ここから、どうなっていくんだろう?」という不安。 それも、セドナメソッドで、ゆっくりと、消化していく。

1週間以上セドナメソッドをやってきて、「いいな〜」と思ったのは、 「その日の感情は、その日のうちに消化する、次の日に持ち越さない」みたいな。

少しは持ち越して、まだ次の日にも、少し、またモヤモヤが出てきたりもするけど、 昔よりも持ち越している感情の重さが軽くなったような気がする。

今日は、「心臓に悪いこと」が、2つあった。

結局、何も問題はなかったが、一歩間違えれば、 めっちゃ大変な状況に追い込まれていた、みたいなことが、2つ。

胸をなでおろし、ホッとしたが、

Imagine the worst case scenerio.
Prepare for the worst and hope for the best.

というような英語の表現を思い出した。

最悪の状況を想定して、それに備えたら、あとは前向きに行こう。 悲観したあとの楽観。

落ちることを極端に恐れてビクビクしながら歩いていくよりも、 「まあ、落ちることがあってもいい」「生きてたら、色んなことがあるよね」 「たとえ、もし落ちたとしても、また上っていけるから大丈夫」くらい、 ドーーーンとした気持ちで、行けたら、いいな...。

そして、「こわい...」という思いが出てきたら、 それも、また、受けとめて、感じて、手放して、行こう。


2022-08-31

Day 9

たとえば、野球選手がバットの素振り練習をして、その成果を試合で発揮するように。

心に関することも、学んできたことを実践する場が与えられて、 そうすることで、器が広く豊かに育っていくのかなって、ふと思った。

今日は、最近あった心情的にキツいことに関連する昔の出来事を思い出した。 「なんで、今、このことを思い出すんだろう?」

場所も人も違う。でも、状況は、少し似ているような気がする。 あるいは、味わった感情が似ているのかもしれない。

野球の試合では、投手が色んな種類の球を投げる。 それに、バッターは、どう対処していくのか。

映画やドラマでも色んなハプニングがある。 それがなければ、何もなければ、そもそも作品になっていない。 人生という物語にも、色んなことが起こる。

今日思い出した昔の出来事に付随する感情は、「怒り」と「悲しみ」

怒りのなかでも、自分で復讐したいほどの気力はないが、 「自分が受けた苦しみと同じくらいの大きさの苦しみを、相手に味わってほしい」という気持ちが、顔を出す。

自分にウソはつかない。 今、出てきた感情、思っていること、ありのままに受けとめてみる。 そういうふうに思っている自分がいることを否定しない。

「怒り」と「悲しみ」と、もう1つ。
「羞恥心」も出てきた。

セドナ・メソッドをやっていて、一番キツい瞬間は、ここ、かもしれない。 今まで認めたくなくて、蓋をして、やり過ごしてきたもの。 感じたくない感情を、今、ここで、感じること。

でも「すべて、通り過ぎていく」「手放していける」ということを、 何度も経験し、ちゃんと知っていることが、背中を押してくれる。

ゆっくりと深呼吸をくり返す。

今日、今、気づいたこと。 1つ1つの感情が、自分の身体から、上に向かって抜けていったような感覚がある。 今まで体感したことのないような、とても不思議な感覚。

自分の身体のなかで、嵐が渦巻いていたが、それが、今は消えている。


2022-09-01

Day 10

昔のバイト先で過ごした日々を思い出していた。 最初は、みんな、よそよそしく。 だいぶ経ってから、「すぐに辞めるかと思った」と言われたりもした。

ツラいことも、もちろんあったが、今思いかえすと、とても、なつかしい。 本当に楽しかった。幸せな日々だった。

今、同じバイト先に行っても、何もかも変わっているだろう。 当時お世話になった社員の人たちがいるとも限らない。

あのとき、あの場所で、あの年齢で、あのメンバーで。 その条件は、一度限り。もう二度と再現できない一期一会。

事故で、すでに亡くなっている人もいる。 死後の世界が本当にあるなら、一人ひとりに、会いにいきたい。

セドナ・メソッドでは、ネガティブな感情も、ポジティブな感情も、すべて、感じて、手放していく。 最初は、「え、ポジティブな感情も手放していくの?」という感じだった。

「どんなものでも、感情の流れを滞らせない」ということが大切なのかも。 著書には、「ネガティブな感情は解放すると弱くなり、ポジティブな感情は強くなる」みたいなことが書いてあった。

今、感じているのは、「なつかしい気持ち」「さみしい気持ち」「かなしみ」「よろこび」「感謝」


2022-09-02

Day 11

今日出てきた、過去にあったイヤなこと。 「今日は、これについて、セドナ・メソッドをやって、書こう」と思っていたが、 洗濯物を干して、パソコンの前に戻ってきた今、もう、それは、なくなっている。

洗濯物を干しているときには、どんどん出てきて、セドナ・メソッドをやった。 「その瞬間」は、やっぱり、精神的に、ものすごく重苦しい。 洗濯物を干すのに、いつも以上の時間がかかった。

でも、今は、だいぶ軽くなった。 もう大大丈夫。とりあえず、今は。

1つ気づいた。 「人に嫌われてはいけない」「人に良く思われないといけない」 そういう思いも手放していく必要があるな〜って。 そういう思いに付随する感情は、「恐怖」なのかも。嫌われることを恐れる気持ち。

それは、ものすごく不自由な気がする。 「恐怖」によって、自分の行動が制限されるから。

不要な争いは、避けるのが賢明だし、わざわざ敵をつくらなくてもいい。 でも、「嫌われたくない」「よく思われたい」と、ビクビクしながら生きていくのも、つかれるな〜って。

嫌われる勇気」というタイトルの本を思い出す。
著者:岸見 一郎、古賀 史健
出版社:ダイヤモンド社

「自分の課題」と「相手の課題」を分離する。

相手が自分のことをどう思うかは、「相手の課題」で、自分には、どうすることもできない。 「自分の課題」じゃないことに、囚われるのを止める。 それも手放していく。

自分の思いどおりにならなくて、もどかしく感じることもある。 そういう感情も、認め、受け入れ、ゆっくりと手放していく...。

好かれてもいいし、そうでなくてもいい。 ただ、できるだけ、平和に生きていきたい。お互いのために。


2022-09-03

Day 12

先のこと、未来のことを心配しすぎて、今がおろそかになってしまうことって、結構あるのかも。

朝は、大きな不安の波が押し寄せてきたが、今、すべてが過ぎ去り、無事に1日を終えようとしている。

色々とやることがあり、時間内に、ちゃんとできるかな?って不安だった。 途中で予想外のことがあったり、できなかったタスクが1つあったりしたが、それも、よしとしよう。

できなかったことは、また明後日しようと思う。 何事も余裕をもって、完璧を求めないことが大切なのかも。

今日は、たくさんの人の優しさに触れた。

先週は、ブラック企業ならぬ、人のブラックな一面と接することが多々あったが、 そういうのを通過したあとに、ちょっとした人の思いやりを受けると、もう、ただただ、ありがたい...。 その笑顔、その声がけ、その気づかい。そのすべてに、本当にありがとうございます。

ポジティブな感情も、感じて、受けとめて、ゆっくりと手放していく...。


2022-09-04

Day 13

昨日は、ステキな1日だった。

嬉しいことも、悲しいことと同じように、感じて、手放していく。 でも、なんとなく、反射的に、「手放したくない。ずっと持っておきたい」って気持ちが出てくる。

セドナ・メソッドでは、ポジティブな感情は、解放すると強くなるって書いてある。 手放したあと、ポジティブな感情が強くなるっていう感覚が、まだ、よく分らない。

続けていくなかで、新しく見えてくる世界があるのかも。
うん、進みつづけよう。

今、目の前で、洗濯物が、ゆれていて、その向こうがわには、青い空と、まっしろな雲が広がっている。

自分には「見ただけで泣きそうになるような空」や「肌に触れただけで泣きそうになるような風」などがある。

あなたには、そういう自然の風景、ありますか?

今の空は、そういう種類の空だ。
言葉で、どう表現したらいいのだろう?

もしかしたら、そういう空や風は、子どものころの、 何か、すごく大切なものを呼び覚ましてくれているのかも?って、今、ふと思った。

あ、あと、もし昨日の嬉しい出来事を手放さずに、ずっと手に持っている状態だったら、 今目の前にある景色を、両手を広げて全身で最大限に味わうことは、できていなかったのかも。


2022-09-05

Day 14

今日は、ゆっくりと時間が流れ、「平安」peaceful な時間が多い日だった。

毎日が、こういう日だったらいいのにな〜という思いもあるが、 人生のすべてが、おだやかな日々だったら、なんのドラマもないし、それはそれで退屈なのかも。

でも、できるだけ「こういう心の状態」でありたいと思う。

セドナ・メソッドで紹介されている9つ目の感情「平安」 それも、同じプロセスで、感じて、認めて、手放して、行こう...。


2022-09-06

Day 15

最近、シンクロニシティ的なことを経験することが増えてきた。 「うわ〜、これが、シンクロニシティかぁ〜」「これ、シンクロニシティだよね!?」みたいな。

昨日の夜は、とても不思議な夢を見た。 なつかしい人たちが出てきて、とても大切な何かを手渡してくれたような...。

実際に会うことは、もう、たぶん、ない。 そういう人って、結構いる。

でも、夢のなかで、また会うことができて、それで、こんなにも幸せな気持ちになれるなら、 夢も現実も、そんなに違いはないのかもって、ふと思った。 夢よりも、現実で会ったほうが、幸せな気持ちが大きいわけでもないような気がするし。

あ、でも、現実では、思い立ったら、いつでも連絡できるけど、夢は、ちょっと違うよね、やっぱり。

朝、目が覚めて、心に感じていた幸せな気持ち、1つ1つ、大切に、手放していった。

なんともステキな1日の出発のひととき。


2022-09-07

Day 16

今日は、小説を読んでいて、ある登場人物の外見に関する説明を読みながら、 似たような容姿の昔の知人を思い出した。

ちょっと思い出して、そのまま通り過ぎていくかなと思っていたけど、 なかなか去っていかない。「え、なんで??」という感じだった。

自分が主人公の物語(自分の人生)のなかで、申し訳ないけど、 通行人以上だけど脇役未満みたいな人だったので、 「え、なんで急に出てきて、わたしの意識のなかに居座ってるの?」みたいな。

セドナ・メソッドをする必要性を感じたので、そうした。

まず、「キラい」ではなかったけど、「好きじゃない人」だったな〜って。 「好きじゃない人」に、どう思われようと、どうでもいいはずなのに、 当時の自分は、なぜか好かれようと頑張っていたような気がする。 その人に限らず、みんなに対して、そうだったのかもしれない。

「嫌われたくない」「好かれないといけない」そういう思いを抱えていた昔の自分。 もしかしたら、今でも、まだ残っているのかもしれない。そこに付随する感情は「恐怖」

それを、今、認めて、感じて、手放していく。

***

補足:ほしかった手帳が売切れ状態だったが、 今日、再販売の注文をすることができて、とても嬉しい、今。

嬉しい状態が、ずっと続くわけでもないけど、 上に書いたようなモヤモヤした状態も、ちゃんと去っていくんだな〜と改めて感じた。


2022-09-08

Day 17

ストレスがたまったり、イライラしたらしてしまう「クセになってること」って、人それぞれあると思う。 お酒タバコとか、衝動買いとか、暴飲暴食とか、仕事のしすぎとか。

かさぶたを取るのがやめられないのも、ストレスから出る症状。らしい。 自分は、これに当てはまるような気がする。 身体が自然に治ろうとしているのに、ジャマしちゃう。みたいな。

以下著書では、かさぶたを取るのがやめられないときは、 「SLITRK1の還元」と7回となえる方法が紹介されていた。

著書:あなたの才能があなたを苦しめる
著者:大嶋 信頼
出版社:すばる舎

プラシボ効果もあるのかも?って、個人的には、そう理解した。

今、「なおそう」「なおそう」って急ごうとしている気持ちがある。 もしかしたら、「自分が、なんとかしなきゃ」って焦らなくても、 自然に治ろうとしているプロセスや流れをジャマしないだけでいいのかも?って、ふと思った。

「Just don't get in your own way.」っていう英語の表現がある。

自分で自分の行く道をふさがない。 自分で自分のジャマをしない。 ただ、それだけでいい。

ときには、「何もしないこと」で前進できる。 そういうこともあるような気がする。

「自分がなんとかしなといけない」と急かせれて、不安に思う気持ちも、セドナ・メソッドで手放していく。

***

今日思い出した、また別の過去。

血まみれになって、痛くてたまらなかったのに、 「あ、軽い、かすり傷だったんでしょ?」と言われたような感じだったこと。

心を開いて、心のキズについて話したあと、そういうことを言われたら、もう...。 その瞬間は、「なんで、この痛みの深さが分からないんだろう?」と、 イライラする気持ちや、ツラくて悲しい気持ちが出てきた。

そして、今、思い出しながら、そのときの感情が、よみがえってくる。

当時は、会話の途中で、怒りや悲しみを表現しなかった。 感情を押し殺して、会話を続けた。そのときの自分の精一杯。 「ああ、この人には、こういう心の開きかたは、しないほうがいいんだな」ということを学んだ。

そして、今、出てきた感情を、セドナ・メソッドで、解放してあげる。

セドナ・メソッドをやっていて気づいた。 感情を1ずつ解放していくと、前よりも、もっと寛容になれるような気がする。 相手の未熟さに対しても、自分の未熟に対しても。

未熟さゆえに、気づかずに、意図せずに、人をキズつけることもあるし、キズつけられることもある。

感情を手放していくと、「ゆるす」という道が見えてくる。 相手のことも、ゆるす。 自分自身のことも、ゆるす。

そういうふうにして、心が整理され、落ちつくと、 クリアな思考で、冷静に考えることができるようになる。

「あ、そうだよね。人それぞれ、感じ方も考え方も違うんだし、 自分の気持ちを、そのまま、まるごと分かってほしいなんて、ムリな話だよね...」って。


2022-09-09

Day 18

テレビの画面が、ずっと調子が悪かった。 音声は聞こえるけど、画面に映像が映らない。 いろいろ検索して、調べたことを1つ1つやってみたけど、まったく何も変わらず...。 もう、あきらめていた、

が。

今日、久しぶりにつけてみたら、ふつうに写っている。 紅の豚のDVDを観た。ああ、やっぱり、映像が見れるって、嬉しい。

なんというか、調子が悪いときは、物も、人も、休むことが大切なのかな〜って感じた。

ムリしなくていい。 何もしなくていい。 何かしたいと思ったら、それをしてみたらいい。

そのうち、また、歩きだしている。

今日、一番多く感じたのは、「平安」に近い感覚。 「このまま、目の前のこと、1つ1つやって、行けば、大丈夫、という安心感」 どころどころ、不安や心配も顔を出すけど、基本的には、落ちついた気持ちで、1日を過ごせた。


2022-09-10

Day 19

感受性が豊か。 いろんな性格診断で、何度も出てきた結果。

「感情の揺れ幅が大きい」とも言える。 自分が持って生まれた性質を殺さずに生かす。 かといって、それに、ふりまわされたり、飲み込まれたりするのではなく、上手に活かす。

1人1人、それぞれ、自分に合った生きかたのスタイルを模索していく必要性。 そのように進んでいこうとするとき、自分の感情と上手に付き合っていこうとするとき。 セドナ・メソッドは、そのような生きかたを応援してくれる。

今朝、掃除をしながら、ふと思った。 掃除って、終わりがないな〜って。 「今日の掃除は、これで終わり」とかはあるけど、 またホコリがたまって、また掃除をする必要がある。

セドナ・メソッドは、心の掃除と考えることもできるのかも。 今日たまった新しいホコリもあれば、もう、ずーーーっと掃除してない心の部屋もあったりする。

新しいホコリは、放置せずに、サッと掃けば、すぐにキレイになる。 でも、汚れが染みついた場所は、もう少し時間がかかるだろう。

「そこを掃除しよう、整理しよう」と思い立っただけでも、すごい進歩。 「今日1日で終わらせよう」と、ムリしなくてもいいのかも。 自分のペースで、少しずつ、取りくんでいければいい。

道路の掃除をベッポはゆっくりと、でも着実にやりました。 ひとあしすすんでは ひと呼吸し、ひと呼吸ついては、ほうきで ひと掃きします。
「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん。つぎの一歩のことだけを考えるんだ。 いつもただつぎのことだけ。すると たのしくなってくる。たのしければ、仕事がうまくはかどる」
著書:モモ
著者:ミヒャエル・エンデ
訳者:大島 かおり
出版社:岩波書店

2022-09-11

Day 20

心の大掃除をした。 まだ、終わってないけど、時間内に終わりそうになかったので、また次の「大掃除の日」まで、保留。

保留にしているあいだに、問題自体が自然と解決することもあるよな〜って、ふと思った。 心のことも、仕事のことも、人間関係のこととかも。 ムリに何かしようとしなくても、時間が経てば、自然と消えていくようなこと。

次の大掃除の日に、まだ残っていることは、また、そのときに、やろう。 ちゃんとメモもした。だから、とりあえず、もう考えなくていい。 日常の生活に戻ってこよう。 今日のことをしていこう。

でも、その前に、今は、セドナ・メソッドに関することを記録しておこう。

大掃除をしながら、いろんな感情が出てきた。 「イヤなことには蓋をしておきたい」みたいな表現があるけど、その気持ちが、よく分かる。

一生が終わるまで、蓋をしたまま、やり過ごす人とかも、いるのかな? もしかしたら、それも1つの選択肢としてアリなのかもしれない。

とりあえず、自分は、大掃除をすると決めた。セドナ・メソッドで感情の整理をしていくと決めた。 蓋を開けたら、何が、どういうふうに出てくるのか分からなかった。こわい。 そして、不安な気持ちもあった。

実際にやってみたら、次から次へと、出てくる出てくる...。 時間内に終わらないことは、あきらかだった。

「とりあえず、今回は、ここまでね」って声をかけて、蓋を閉じた。 まだまだ出てこようとしていた「何か」が、いろいろあった。

でも、1日は24時間だし。 時間を決めて、時間をかけて、じっくり取りくんでいく必要性を感じた。

今、この文章を書いている、この瞬間。 心は落ちついている。さっきまで、あんなに乱れていたのに。

セドナ・メソッド。 最初は、本に書いてある手順を読みながら、1つ1つ実践していった。 今は、少しずつ、自然にできるようになってきたのかも。

ポジティブなものでも、ネガティブなものでも、感情が出てきたことに気づいたら、感じて受けとめて手放していく、という流れ。

「あれは、あの人のせいだ」って、誰かを責めるような気持ちがあることにも気づいた。 そこには、「怒り」と「かなしみ」もある。

それも、同じように、感じて受けとめて手放していく。

そして、その先にあるのは、ゆるすこと。
自分のことも、相手のことも、ゆるす。

そして、そのあとは、ゆっくりと、わすれていきたい。

そのプロセスを急ごうとしている気持ちもある。 「はやく忘れて、楽になりたい」って。 これは、「渇望」のなかの「待てない」って気持ちなのかな。

「怒り」「かなしみ」「渇望」
それも、1つ1つ、感じて受けとめて手放していく。

深呼吸をしながら、ゆっくりと、必要な時間をかけて、手放していく。


2022-09-12

Day 21

「イヤなことに蓋をする」で思い出した、海外ドラマのなかで紹介されていた話2つ。

「デスパレートな妻たち」で、 スーザンが感情的になってパニックになっていたときに、ブリーが言ったこと。

その感情は、とりあえず、箱のなかに閉まっておいて、 クローゼットの奥の方に置いておいて、気持ちを落ちつかせて、今は、目の前のことに対処しましょう。 そして、ひとり静かな時間があるときに、その箱を取り出して整理していくのよ。

「BOSCH」では、 娘マディの「この(心の)イタみは、消えるの?」という質問に対して、 「イタみは消えない。箱のなかに閉まっておくんだ。ときどき勝手に出てきて、 思い出して、苦しいけど、てきとうに挨拶して、また、もとの生活に戻るんだ」 というような内容の返事だったと思う。

もしかしたら、整理できる感情もあれば、もうこれ以上は、今は、整理しきれないイタみもあるのかも。 とりあえず今は、それを抱えて生きていくしかないような種類の、イタみ。

もしかしたら、それも、時間とともに過ぎて、消えてゆくのかもしれない。いつかは。 自分では、どうしようもないこと。 自分にできることをやったあとは、自然の流れに身を任せて、行くしかない。 人事を尽くして天命を待つ。


2022-09-13

Day 22

久しぶりに、とても大きな怒りと憎しみと悲しみが押しよせてきた。 数日前の心の大掃除が影響しているように感じる。

感情の嵐で、理性が一気に吹き飛ばされ、身体のなかは、ぐつぐつと煮えくり返っているような感覚。 こういうときは、もう、何もしないで、嵐が去るのを待つ。 のが賢明であることは分かっているが、その瞬間は、理性的に考えることが極めて難しい。

ふと思った。 激しい感情が襲ってきたら、パソコンを開いて文字を打ち始めたり、 ノートに書くことを習慣にしてみてもいいのかも。

そこで、実況中継をする。 「今、嵐がきていて、心がものすごく乱れている」とか「身体のなかが熱っぽい」とか。 その瞬間の様子を記録する。そうすると、だんだんと落ちついてくるような気がする。

書きながら、嵐が少しずつ去っていく、というような流れを、今まで何度も経験してきた。

今日で22日目。 今は、セドナ・メソッドで、30日間、毎日記録しているが、 終わったあとも、手に負えないような大きな感情の波がやってきたら、書いて、出す。

そうして書いていくことも、感情を受けとめて、手放していくことに役立っているように感じる。

毎日2ページずつ読んでいる本。
著書:A New Earth
著者:Eckhart Tolle
出版社:Penguin Life

My secret is, I don't mind what happens.
(J. Krishnamurti)

秘訣は、何が起ころうと気にしないこと。

最近読んだ箇所。

余計なことに反応しない、心を奪われない、雑念に囚われない、気にしない。 そういう境地に、少しずつ向かっていきたい。

流れる水のように、flow through life していけたら、いいな...。


2022-09-14

Day 23

だいぶ昔のこと、ちょっとイラッとしたことを思い出した。

でも、窓を開けて風通しを良くして、植物に水をあげて、コーヒーを淹れて、パソコンの前に来た、今、

別のことで頭がぐるぐる回っている。

たとえば、イライラしながら帰ってきて、家が火事になっているのを見たら、イライラは一気に吹き飛ぶはず。 かなり極端だけど、それと似たようなことって結構あるような気がする。

今、文章を書きながら、火事のたとえ話のことを思いついた瞬間は、もう、そのことだけ考えていた。 ちょっと思い出した小さなイライラは、過ぎていった。 自転車に乗って、前に進んでいるとき、まわりの風景が、うしろに向かって、見えなくなっていくように...。

1日のあいだに、人の意識は、本当に色んな所に飛んでいくんだな〜って。 過去に、未来に、誰かのもとに。 ものすごい多くのことを考えている。 そして、ほとんどは、雑念だったりする。

セドナ・メソッドの30日が終わったら、瞑想を30日やって記録してみようと思う。

小さなイライラは、まだ、かすかに残っている。 「A New Earth」という本で説明されている「Ego」が関係しているようなイライラなのかも。 自尊心がキズつけられたような種類のイタみから発生したイライラ。

それを今、セドナ・メソッドで整理していく。 心が、ハリで、ちくっとされるような感覚。 そのあと、ギューっと締めつけられて、息ができないような苦しさを感じる。

イライラという怒りに隠れていた「かなしみ」が顔を出す。

ゆっくりと、深呼吸。

ディズニー映画「インサイド・ヘッド」のことを思い出した。 自分のなかにもある「いかり」と「かなしみ」

今の、ありのままを受け入れる。
そして、ゆっくりと、手放していく。

You forgive for yourself.

誰かが言っていた言葉。

相手のために、ゆるすんじゃない。 自分が、これ以上苦しまないために、ゆるして、手放し、わすれていく。 これは、自分が、今、自分のためにしてあげられること。

でも、まだ、手放しきれてないのを感じる。 何が引っかかっているのだろう?

自分だって、相手の自尊心をキズつけるようなこと、言おうと思えば、言えた。 自分だけ殴られて、自分は殴り返さなかった。それが、フェアじゃない。ずるいって感じているのかも。

「カルマ」という概念が出てきた。 良いことも悪いことも、自分がしたことは、自分に返ってくる。

その人は、その後、職場で、自尊心がキズつくような出来事があったのかもしれない。

もしかしたら、それ以前の過去に、わたしが一方的に誰かをキズつけたことに対するカルマが返ってきただけなのかもしれない。

「自分の唯一の敵は、自分のマインドだ」って考え方も、今、思い出した。 気づかないうちに、自分で自分をキズつけることって結構あるのかも。 それも減らしていけるようにしたい。

すでに起きてしまった過去を変えることはできない。 それをどのように解釈するのか、どのような物語にするのか、どのような視点から見るのか。 それは、自分で決めることができる。

ムリしなくていい、でも、できることから1つずつ、やっていこう。 しなやかに流れるような強さを、身につけていけるように...。


2022-09-15

Day 24

今日出てきたことの1つ。 むかーーーし、誰かが言ったことに引っかかったこと。 その人に会ったのは、その日だけ。 全然関わりもないし、今後も会うことはないと思う。

そもそも、引っかかることが少なくなったら、生きるのが、もっと楽になるよね。 どんなことが起きようと、気にしない。

自分にとって、本当に大切なこと以外は、もう、あまり気にしない。 読書とコーヒーと海のある生活。生きているあいだに、ピラミッドとオーロラ。

それ以外のことに、余計なエネルギーを注いで、時間も心も奪われて、つかれ果てるなんて、もうイヤだ。

まだ、思うようにはできない。 もっと気にしないで、流せるようになりたいけど、まだまだ成長の余地あり。

ただ、今日出て来たのは、強風が少し吹いて、去っていった。みたいな感じだった。 こないだみたいな嵐ではなかった。

出てきたときに、それについて頭で考え始めると、もっとヒドくなるような気がする。 基本的には、ただ、出てきた感情に名前をつけて、受けとめて感じて手放していく。

ダイエット中に、甘いものを食べたくなるよう誘惑があるなって感じた。 食べないほうがいいことは分かってる。 考えないほうがいいことは分かってる。

でも、「あの人が言っていたことって、人を不快にさせるような発言だったよね?」 「あの態度は失礼だったよね?」「人を見下したような言い方は、イヤだったな〜」 「偉そうに、それを言うあなたは、何様なの?みたいな感じだったよね」

こうやって考えることを「悪いこと」だと、断定したくない。 毒を吐き出すことが必要なときもあると思うから。

セドナ・メソッドの9つの感情の1つ「誇り・プライド」のなかに「見下す」がある。 「人を見下したような発言をしたその人」のことを、自分が、今、見下している。っていうふうに見ることもできるのかも。 これは、たとえば、「悪口を言っている人の悪口を言う」みたいな、メタな感じなのかも。

それなら、「イラッとした怒り」に加えて、 「人を見下すプライド」があることを認めて受け入れて感じて手放していこう。


2022-09-16

Day 25

たぶん、もうすぐ、新しい場所に行く。 そういう流れを感じる。 まだ何も確定していない。 でも、もうすでに確定しているように感じる。

今まで、海を渡って引越しをしてきた。 「転校生」も何度も経験してきた。 見知らぬ土地に行くことは、どうってことないはずなのに、 それでも、今、「こわい」って気持ちがある。

こわい...。

その気持ちを否定したりしない。 これも、セドナ・メソッドで、整理していく。 自分のなかの、どこかが震えているように感じる。 ゆっくりと深呼吸していくと、少しずつ、その振動が、ゆるやかになっていく。

大丈夫。

たぶん、世界中のどこに行っても、自分はoutsiderのように感じるんだと思う。 いつも、すこし、さみしい。 でも、そのかわり(と言えるかどうか分からないけど)、世界のすべてが、自分の居場所。 どこにでも行ける。境界線は、あるようで、ない。

昨日、(まだ行先も決まってないけど)ダンボールの箱に荷物をつめながら、 小説「アルケミスト夢を旅した少年」英語音声のCDを聞いていた。

変化を恐れて現在位置に、とどまる。 それも1つの選択肢。 あるいは、まだタイミングが来ていないだけなのかもしれない。

でも、主人公のサンティアゴが、変化や幸運や試練の波に乗って旅を続けていったように、 心の声に耳をすませて、宇宙の流れを全身で感じて、行こう。進もう。 あの山の向こうに、何があるのか、確かめに、行こう。


2022-09-17

Day 26

My secret is, I don't mind what happens.
(J. Krishnamurti)

秘訣は、何が起ころうと気にしないこと。

自分にできることはするけど、結果は、宇宙に任せる。 自分のコントロール内にあることは、自分で何とかするけど、 自分のコントロール外にあること(天気とか他人の言動など)は、できるだけ気にしない。

サイコロを投げたら、1が出るかもしれないし、3が出るかもしれないし、5が出るかもしれない。 サイコロを投げなかったら、どの数字も出ない。 サイコロを投げるかどうかは、自分で決めることができる。

季節が変わっていくことを知らせる台風がやってくる。 新しい流れを運んできてくれる。 ときに、向かい風。ときに、追い風。

今、自分が感じているのは、追い風。 セドナ・メソッド9つの感情のなかの「勇気」 今の自分にできることに意識が向かい、思いどおりに行動し、前進していけるような流れ。


2022-09-18

Day 27

ときどき、つかれはてて、食器を洗わずに寝てしまうこともある。 次の日には、昨日の食器も洗うことになる。

セドナ・メソッドでは、前日の感情を次の日に持ち越さない、その日の感情はその日のうちに解放していく。 そういうことを習慣づけていくための方法でもあるのかな〜って。

今日出てきたのは「怒り」

昨日の食器どころか、何年も前の食器。 今までも、ときどきキレイにしてきたけど、まだ、よごれが残っている。

セドナ・メソッドでは、今、どんな感情が出てきても、 その感情とただ一緒にいる時間を少しつくろうと提案している。

言うほど簡単じゃない。 みずから苦しみに向かっていくような感覚すらある。

そのとき感じたのは、屈辱と怒り。 身体のなかは煮えくり返るように燃え上がっている。

深呼吸をするのって、その熱を冷ますことにも効果があるのかもしれない。 なんとなく、そう感じる。

You forgive for yourself.

相手のために、ゆるすんじゃない。 自分が、これ以上苦しまないために、自分のために、ゆるして、手放して、忘れていくんだ。 何度も何度も自分で自分に言い聞かせる。 自分に必要な言葉を。

過去は、もう起こってしまったこと。 それを、なかったことには、できない。 その事実を受けとめて、受け入れて、自分の心を自分で治癒して、前に進んでいくしかないんだ。

口は災のもと。
失言したことない人なんて、いない。

みんな同じ。
みんな人間。
あの人も、わたしも。

すべてを、ゆるして、いきたい。
誰かの失言も、自分自身の失言も。

言うほど簡単じゃない。
自分のなかで、何かが抵抗している。

でも、この方向に、行きたい。

自分のなかの森。
火事になっていた森に、やさしい雨が、ふりはじめる。


2022-09-19

Day 28

いろんなことを一気に考えすぎると、too overwhelming...いっぱいいっぱいに、なってしまう。

久しぶりに、追いかけられる夢を見た。 ほどよいプレッシャーは、けっして悪いものではない。 ただ、考えすぎて、押しつぶされないように気をつけたい。

目の前の1つ1つのタスク。 流れるように、1つのタスクから次のタスクへと向かっていきたい。

いつも、今、今、今。
それ以外のことは、雑念、雑念、雑念。

大丈夫。

You know what to do.

道は、そこにある。
ただ、一歩ずつ進むだけでいい。

今考えても、どうしようもないことは、今は考えなくていい。 今考えても、何もできないんだから。

はやく、自分が望む結果を出したいという気持ちは「渇望」 自分にはコントロールできないことを、コントロールしたいという気持ち。

深呼吸。

今感じている感情。
1つ1つ、受けとめて、感じて、ゆっくりと手放していく。

飛行機の便は、1つだけじゃない。
それに乗れなくても、次の便に乗ればいい。

チャンスは、1度きりじゃない。
大小さまざま、何度も、やってくる。

気持ちを整え、やるべきことをやって、自分のタイミングで、飛べばいい。

***

むかし受けた理不尽な扱いに対して、怒りがこみ上げてきた。

また出てきたの?という感じだが、これも、根気強く、セドナメソッドで整理していく。

余計なことは、考えない。火に油は注がない。 ただ、今湧き上がってきた「怒り」を受けとめる。 ゆっくりと深呼吸。

セドナメソッドで、受けとめて、手放すという作業を終えたあとは、 落ちついた気持ちで、冷静に状況を分析したり、 同じ出来事に対して新しい解釈を適用できるようになったり、 自分に必要な声がけが、できるような気がする。

「カルマ」という言葉が、また浮びあがってくる。 問答無用で、人をキズつけるような理不尽な言動をすれば、それと同じ大きさのものが、その人に返ってくる。

自分が、それについて考える必要もないし、 その人への憎しみを育てて、心をかき乱されて苦しまなくてもいい。

「その人に、しかるべき天罰を」それも自分ではコントロールできないこと。 自分の力ではどうしようもないことを望むのも「渇望」

まずは、気づくこと。
そして、今の、ありのままの自分の心の状態を受けとめる。

深呼吸をくり返し、心の準備ができたら、自分のタイミングで、ゆっくりと手放していく。


2022-09-20

Day 29

配達員の人の笑顔がステキで、少し嬉しい気持ちになった。 嵐が去ったあとの、さわやかな朝、さわやかな笑顔、さわやかなスタート。

何か、いいことがありそうな予感。

やさしい気持ちで接客してもらえると、心あたたまる。 ときには、その小さな優しさに救われる。 心が、すさみそうになっているときは、世のなか捨てたもんじゃないなって、 もう一度、太陽の光のもとに帰ってこられる。

今感じているのは、しずかな喜びに満ちた感謝の気持ち。 その感情も、今、たっぷりと受けとめて、感じて、手放していく。

日常生活の何気ない1つ1つの風景や時間のなかにある、ささやかな幸せ。 道路の片すみのコンクリートの隙間から咲いている小さな花。 そういう小さな美しさに気づけるような自分でありたい。


2022-09-21

Day 30

セドナ・メソッド9つの感情の1つ「無気力」のなかに、 「頭のなかが雑念でいっぱい」という表現がある。

心がざわついて、悲観的な考えが浮かんできて、それでフリーズしちゃって、行動できなくなる。 そういうことも、ときには、ある。

希望を持って前に進もうとしているときに、ジャマしようとするのは、なんなんだろう? 「神様や宇宙に試されている」という表現をする人もいる。

「あなたの願いは、それくらい叶えたいことなの?」って問われているのかもしれない。

自分は、どうなんだろう?

今は、まだ、即答できるようなレベルじゃない。 まだ見えていない「何か」、まだ拾いきれてないカケラなどがあって、心が固まっていないのかもしれない。 そんな気がする。

それなら、その「何か」を見に行ってみよう。 実際に見に行って、その場所を肌で感じてみたら、心が固まるかもしれないし、心が変わるかもしれないし。

進んでみないと、それ以上先の道が見えてこないから。 考えるだけでは、分からないことって、世界には、たくさんあるから。 行動しよう。

セドナ・メソッドで、無気力という感情を手放していったら、 行動していくための活力が生まれてくるような気がする。

***

過去の誰かに対して「うらやましい」と思う気持ちも出てきた。 これは、「渇望」の種類の1つかな?

人と自分を比べても、どうしようもないのに、 頭では分かっているのに、ときどき、気づいたら、比べている。

Comparison is the death of joy.
(Mark Twain)

比較すると、喜びが死ぬ。

この苦しみから解放される方法は、ほかにもあるのかもしれないけど、 とりあえず今は、セドナメソッドに取りくんでいるので、この方法で。

まずは、深呼吸。 ちょっと、いつもより、キツい。重たい。 身動きが取れないくらいのドロ沼のなかを進んでいくような感覚。

余計な抵抗は、しなくてもいいのかも。余計なことは、考えない。ただ、感じる。 今出てきた感情と過ごす時間を少しつくる。深呼吸をくりかえす。

心の準備ができたら、ゆっくりと手放していく...。

今日は、泣いている子どもを、あやすような、 自分のなかのインナーチャイルドを抱きしめてあげるような感覚があった。


2022-09-22

Day 31

感情に苦しめられるのは、自発的に考えているときなのかも?って、ふと思った。 だから、感じて手放していくときには、「考えない」ことが、コツなのかも。 考えると、火に油を注ぐ感じで、どんどんドツボにハマっていくような感覚があるのは、そういうことなのかも。

イヤなことを考えると、イヤな気持ちになる。 それなら、できるだけ、イヤなことは考えないようにする。

雑念やネガティブな考えが出てきても、できるだけ早く、「今」に返ってくる。 余計なことを考えないようにするための訓練の1つが、瞑想なのかも。 うん、次の31日間は、瞑想を、やってみよう。

実際は考えなくてもいいことなのに、「考えなきゃいけない」って思い込んで、 考えて、それで自分を苦しめていることもあるのかな〜って。 それなら、考えなきゃいけないって思い込みも、手放していこう。

この31日間、感じて、手放して、気づいたことや学んだこと、いろいろあった。

たとえば、怒っているときは、みぞおちの部分が固くなっているって言うけど、 それなら、みぞおちの部分をほぐしてあげれば、いいのかな〜って。

今出てきたネガティブな感情は、身体のどこにあるんだろう?って意識してみる。 そしたら、どこかが、ピリピリしてたり、こわばっていたり、そわそわしていたり。 そこに手を当てて温めたり、ほぐしたり、タッピングしてあげるのも良かった。

心の世界を旅しているという感覚もあった。 喜びや、かなしみや、怒りや、希望や。 いろんな感情との出会いがあった。

旅は、楽しいばかりじゃない。大変なこともあった。 それでも、この旅を続けていきたいと思う。

この旅の風景、出会い、発見、感じたこと、などなど。 これからも記録して、進んでいこう...。


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